LOVE SOME STORY

第三話

自然の摂理と、和紙の本質が合わさるところに、
まだ言葉にされていない概念を見つけるゲームをしている。

和紙づくりの環境には囲まれて育ったけれど、最初から好きだったわけではなかった。

小さい頃は学校から帰ると、従業員のおじいちゃんおばあちゃんたちと、お茶をして過ごした。また図書館で偉人マンガのシリーズをよく読んでいて、先人たちのいろんな考え方に触れてきた。

またゲームやアニメの影響も大きかった。とくに「時間の流れ」がテーマで、仏教的な要素もあるファイナルファンタジーXに夢中になった。大学では社会学部心理学科で学び、文化人類学的な考え方も身につけた。

そうしたさまざまな影響が、今につながっている。

大人になってからは、6年間ほど紙漉きの修行をしたけれど、当時和紙の需要はどんどん減っていて、大ピンチだった。

新しいチャレンジをしてもうまくいかず、廃業の危機に陥った。そんな頃、自分の作品を作り始めた。2020年ごろのことだ。

ただ自己表現というよりは、僕がやっていたのは和紙が持っているものと、世の理(ことわり)を合致させるようなことだった。

たとえば、夕方になるとトンボが集まってくるのは、畑からハムシのような小さな虫が出てきて、それを食べに来るからで、そういう自然の摂理と和紙の本質が合わさるところに、まだ言葉にされていない概念や発見されていないものを見つける、そんなゲームをしている感覚に近かった。

「バーチャルリアリティ」という言葉がある。

自分のアバターを歩かせるようなゲームの世界が、どうしてここまで気になるのだろうと考えた。そして気づいたのは、その前まで紙が担っていた役割に、名前がついていなかったということだった。

「バーチャルリアリティ」の対義語は、僕の造語だが「フィジカルイマジナリー」。僕たちは紙や本を通じて、物理的なものから、想像の世界に飛ぶことができる。それをずっと当たり前にやってきたので言葉になっていなかったことが、ここで浮かび上がってきた。

紙に文字が載ると物語が生まれ、自分の頭の中でキャラクターも声も、街の様子も想起し、没入できる世界が広がる。それは人間独特の能力だと思う。

僕が作品を立体にしたのは、平面だったはずのものが立体になったほうが、きっと感動が大きいと思うから。

素材に内包されているものに対峙するための、反響しそうなものを立ち上げて見せる。

それを意識することが、大事な気が僕はしている。

PROFILE

谷口 弦 | 和紙アーティスト

1990年佐賀県生まれ、関西大学社会学部心理学科卒業。
服飾業界での勤務を経て、江戸時代より300年以上続く和紙工房、名尾手すき和紙の七代目として家業を継ぎ伝統を守る傍ら、作家として作品の制作を行う。佐賀を拠点に活動し、KMNR™としての活動を経て、国内外各地で個展を開催し、グループ展にも参加している。
和紙には意図や作為がなく、この世界の現象をありのまま受け入れると考え、自然体で柔軟な和紙が持つ “無形の美”をいかに表現していくかをテーマに掲げながら、様々な技法や素材を手漉き和紙の技術と掛け合わせ、和紙を用いたプロダクトの開発や、先鋭的な立体、平面作品を手がけている。

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