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第三話

「なんとなく」ではなく評価の軸を見極めると、
絶対に否定されない面白さにつながる。

僕が大学生だったのは、90年代後半。当時はそんなに多くなかったけれど、まわりの友人たちは、みんなMacを使ってグラフィックデザインをしていた。そこで僕らは「Tシャツを作って、お店に持っていけば売れるんじゃないか」というアイデアを思いついた。

シルクスクリーン室に勝手に潜り込み、製版作業に励み、自宅で刷り上げ、船場などのセレクトショップへ卸しに行った。

それが、今の活動に至るすべての始まりだった。

最初はグラフィックTシャツだったが、次第に「洋服そのもの」を作りたいという欲求が芽生えた。当時付き合っていた同級生の妻が「とりあえず一枚縫ってみる」と申し出てくれ、服作りが始まった。仕立てや始末の仕方もよくわからないまま、とりあえず完成した服を持って、お店に向かう。すると店主に「それは何だ」と問われ「最近作っている服です」と答えると「ええやん。もっと持ってきて」と快く受け入れてくれた。

1998年頃のアパレル業界は、素人同然の「インディーズ」に対してやさしい時代だった。大学3年でTシャツを売り始め、4年になる頃には一定数を納品できるまでになった。妻も技術を習得するために縫製工場でのアルバイトを始め、独学ながらも自分たちのスタイルをかたちにしていった。

パターンについては、当時は本を参考にしながら独学で引いた。これまで多くの服を見てきたし、多少は図面を読み取る力もあったのか、できていたような気がしていたけれど、今から考えればひどいものだったと思う。「センスはいいけど、なんか着にくくない?」と助言をくれたセレクトショップのバイヤーもいた。

ただ一方、ファッションの専門的な教育を受けておらず、建築から入っていったのが、逆によかったのかもしれないとも思っている。また並行して現代美術作家の手伝いなどもしていたので、クリエイティブってこういう仕事なんだと肌で感じる機会にも恵まれていた。

現在、僕は洋服作りをメインとしながら、古物やヴィンテージ時計など、複数の事業を並行して走らせている。一見バラバラに見えるけれど、そのすべてはひとつの芯で繋がっている。それは「おもろいって何?」という問いであり、眼差しだ。

「なんとなく」ではなく、評価の軸をちゃんと見極めると、絶対に否定されない面白さにつながる。建築の世界で40年経っても語り継がれるような普遍的な価値観を、いかにしてそれぞれのジャンルで見出すか。売れるかどうかよりも先に来る、とても重要なことだった。

古物の世界に入ってまだ10年足らずだが、そのコミュニティで認められるのは容易なことではない。

ある時、よく購入していた店の人から「なぁ自分さ、何やっている人?」と声をかけられた。洋服を作っていると答えると「おもろいなぁ」と言われた。「いや、なんかいつもええの買ってくれてるやん。それさ、分かってるんやろ?」 「あのー、はい」って言ったら「うん、ええなぁ」って。

かつてアニエスベーで見た「取り扱い注意」の作品に衝撃を受け、母に呆れられながらもその感性を信じた経験は、今の活動すべてに通じている。

ファッション、建築、古物。ひとつ視点を、異なるジャンルに持ち込む。その世界だけにいると「おかしい」と言われるかもしれない。

だけど僕にとって、それは自然なことなのだ。

PROFILE

米永 至 | 株式会社neuthings 代表

大阪のアパレルメーカー、株式会社neuthings代表兼デザイナー。 自社ブランド「NO CONTROL AIR」「FIRMUM」「DDUD」を展開し、大阪・京都・東京にて直営店「YEANAY」を運営。バイヤーとして「YEANAY」の古物やプロダクト類の買付けも担当している。

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